名古屋地方裁判所 昭和27年(わ)890号 判決 1961年8月14日
被告人 天野拓夫 外一〇名
主文
被告人天野拓夫、同田島貞男、同田村哲男、同鵜飼義夫、同高井昭吾、同二階堂憲之助、同吉村久の七名に対し夫々刑を免除する。
被告人星川文次、同金洛賢の両名を夫々罰金五千円に処する。
被告人星川文次、同金洛賢の両名において、夫々右罰金を完納し得ない場合には、金弐百五拾円を壱日に換算した期間、当該被告人を労役場に留置する。
被告人星川文次、同金洛賢の両名において、夫々本判決確定の日から壱年間、右刑の執行を猶予する。
被告人金丸一夫、同田畠嘉雄の両名は、夫々各自の本件公訴事実につき無罪。
理由
第一、被告人等に対する本件公訴事実の要旨(略)
第二、公訴棄却の申立及びこれに対する判断(略)
第三、被告人等の経歴(略)
第四、愛知大学事件発生に至る経過
(一) 愛知大学事件発生前における愛知大学内の状況
前記愛知大学においては、その一部学生間において、昭和二十六年五月下旬頃当時の同大学教授兼補導部長森谷克己が警察関係職員と通じ、同大学内における情報を提供したとの理由の下に、同教授に対する排斥運動が起され、兎角警察関係職員の同大学構内への立入りに関し関心を深めていた折柄、昭和二十七年二月二十日東京大学において発生したいわゆる東大ポポロ劇団事件(昭和二十七年二月二十日東京大学において、東大劇団ポポロ主催の演劇観劇中の警官に対し、同大学学生が暴行を加えたこと等を公訴事実とする事件)を初めとし各地の大学において、当該大学の学生と同大学内に立入つた警察官との衝突事件が続出し、これがその都度新聞紙上その他報道機関により報道され、更には同年三月中旬頃愛知大学学生丹羽裕の同大学学生自治委員長に対する告白により、同丹羽裕が昭和二十六年頃から、法務府特別審査局東海支局局員後藤俊の依頼に基き、同人に対し、当時愛知大学内において発行されていた新聞紙その他ビラ類を提供していた事実が露見し、該事実が漸次同大学教職員及び学生間にも伝えられるに伴い、警察官及び特別審査局員による大学内への立入り若しくは情報蒐集活動の深刻化に脅威を感じ、昭和二十七年四月三日頃同大学学生自治委員会の代表として、被告人田島貞男を含む数名が当時の豊橋市警察署を訪れ、同署次席西根正文に面接の上、同次席に対し、爾後警察官が愛知大学内における情報蒐集の目的を以て、同大学内に立入ることを中止され度い旨申入れ、同次席から、将来警察官の愛知大学内への立入りにつき、慎重を期すべき旨の回答を受けたけれども、なお警察官又は特別審査局員による愛知大学内への立入り、その他同大学内における情報蒐集活動に関し、警戒していた矢先、同年五月初頃から、同大学構内東南部所在の職員住宅に居住する教職員及びその家族の中一部の者竝に同大学学生の中一部の者の間に、同職員住宅に居住する同大学教授若江得行方に日毎に特別審査局員らしいスパイが潜入し、同大学内における情報を蒐集している旨の風評が伝播し、延いてはその風評と同趣旨に帰着する事項を記載したビラさえ、同大学構内に流布されるに及び、同大学の教職員及び学生の各一部の間においては、警察官又は特別審査局員による前叙の如き情報蒐集活動に関する警戒心を愈々強めるに至つた。
斯くして右スパイが日毎午前零時頃から午前四時頃迄の時刻に、前同若江得行方から学外に出奔する旨の情報に基き、右時刻に、前記職員住宅附近において右スパイを見張り、これを捕えた上、その実体を究明しようとの計画の下に、
(イ) 被告人田島貞男は、同年五月七日午後五時頃同大学構内所在学部寮第二十七号室において、同大学学生宮本和彦に対し、右計画を打明け、前同スパイの見張り方に協力を求め、同人からこれが協力方につき承諾を得た上、同日午後十一時頃同人を伴い、前記職員住宅の西北方に位し、同大学構内に所在する八番教室を含む教室一棟中東南隅の教室内に赴き、同人をして同教室内から、同教室南方の窓越しに、右職員住宅北出入口方面の見張りに就かせ、自らは同教室西隣りの教室内から、前同北出入口方面の見張に就き、
(ロ) 被告人田畠嘉雄は高校時代の友人で愛知大学に同時に入学した保正邦男と共に、同日午後九時頃前記学部寮内の一室において、高校第一学年当時におけるクラス主任であり、当時愛知大学助手であつた永田啓恭から右計画を打明けられ、前同スパイの見張り方に協力を求められ、即時右保正邦男と共に、同見張りの協力方につき承諾の上、被告人田畠嘉雄は同日午後十時過頃から、前記職員住宅の東北方に位し、同大学構内所在旧馬場西側に南北に亘り設置されていた生垣の北端附近において、伏しながら、右職員住宅方面の見張りに就き、又右保正邦男においても前同時刻頃右生垣に沿い、被告人田畠嘉雄より東北方に数米隔てた地点において、被告人田畠嘉雄同様右職員住宅方面の見張りに就き、
(ハ) 被告人二階堂憲之助は前同日午後十時頃前記学部寮第三号室に赴き、偶々その場に居合わせた愛知大学学生大橋孝義を伴い、同室を立出で、前記旧馬場に向け歩行中、同人に対し右計画を打明け、前同スパイの見張り方に協力を求め、同人からこれが協力方につき承諾を得た上、同人と共に、右旧馬場西側中央附近所在の窪地辺りにおいて、右職員住宅方面の見張りに就き、
(ニ) 被告人吉村久は同日午後十時頃右計画に基き、前同職員住宅の北方に位し、愛知大学構内所在の第一、二番教室南側の通路附近において、右職員住宅方面の見張りに就き、
(ホ) その他愛知大学学生数名(いずれも氏名不詳)も右職員住宅附近に散在して、同住宅方面の見張りに就き、
いずれも前記若江得行方から、前同スパイの出現するを待伏せるに至つた。
(二) 豊橋市警察署勤務巡査内田初治、同遠藤正吾の両名の経歴、同巡査両名が愛知大学事件発生当夜同大学構内に立入つた顛末及び同巡査両名が右構内に立入つた後、同構内において、同大学学生と遭遇するに至つた迄の間における同巡査両名の行動
右内田初治(昭和四年十一月二十日生)は(中略)豊橋市警察署福岡巡査派出所に助務として派遣されていたもの、右遠藤正吾(昭和五年九月十日生)は(中略)前記福岡巡査派出所に助務として派遣されていたものである。而して同内田、遠藤の両巡査は、同年五月七日午前十時頃から、右巡査派出所勤務巡査石原朝吉、同宮島兵作と共に、同巡査派出所備付に係る勤務表に基き見張り、警ら、調査、立番その他同巡査派出所における職務に順次服し。同日午後十一時から一時間は、右勤務表により、内田、遠藤の両巡査において警らの職務に就くことに定められていた関係上、同内田、遠藤の両巡査は夫々制服、制帽に正規の通り拳銃及び警棒を装着し、相伴に同日午後十一時五分頃愛知大学東側に位する豊橋市町畑町畑一番地鈴木陸一方表出入口東側上部に設置されていた前同巡査派出所管内における第二号警ら箱方面を警らする意図の下に、同巡査派出所を出発し、(中略)、同日午後十一時二十分少し前頃愛知大学北門から西方約三十米を距てた地点に達した砌、内田、遠藤の両巡査共に殆んど時を同じくして、進路に向う東方の前同北門附近に、何者か一名が佇んでいるが如き黒つぽい人影を発見し、同時刻頃同北門附近というが如き個所に人が佇んでいることを訝り、同人影に接近して職務質問をしようと考え、なおも内田、遠藤の両巡査は前同様相接近して東方に向い、前同北門に近寄つて行つた途中、右人影が遽に前同北門内方面にその姿を消したため、直ちに歩調を早め、同北門前の道路面南沿いの石畳附近に至つたところ、同北門が開放されて居り、同北門を通じ、同北門から東南方約二十米距てた建物(当時同大学寮食堂倉庫の建物)北側に前記人影が立ち、同建物内を覗き見しているように看取されたので、職務質問する目的で、即刻同北門の東西に竝立する門柱を結ぶ線の略々中央部辺りに歩を進め、同所に内田巡査が立ち同巡査の西側に遠藤巡査が相並び、遠藤巡査から右人影に向い、「どなたですか」と声をかけ、これと殆んど同時に、内田、遠藤の両巡査共に夫々その所携の懐中電燈をその人影に向け照射した。然るに内田、遠藤の両巡査は、該照射により、右人影の後姿中上半身を認め得たに過ぎなかつたのに加え、同人影が右照射を受けた瞬間、矢庭にその場から前記建物の西側を通り、同大学内部に向け逃走したので、愈々これを訝り、当時各地において警察官の大学構内立入りに関し、種々紛争を惹起していた折柄であつたがため、直ちに右人影を追い、愛知大学構内に立入るべきことを一旦躊躇し、互にその善後措置方につき二、三話合つた結果、右人影が警察官から誰何されながら逃走する以上、これを捕え、同人に対しその事情を追及する等職務質問することが、警察官の職務上当然であると考え、茲に右人影を捕え、同人に対し職務質問する目的で、同大学構内に立入るべきことに決し、内田、遠藤の両巡査共に、同日午後十一時二十分少し過頃右北門から同大学構内に立入り、(中略)右人影を追跡したが、間もなく同人影が同運動場の東南方に所在する廐舎の北方稍々東寄り附近に姿を没したため同廐舎に妨げられ、右人影を見失うの余儀なきに立至つた。それで内田、遠藤の両巡査は一旦右廐舎の北方附近に赴き、同所附近を懐中電燈で照射して調べたが、その人影に該る人物を発見し得なかつたので、(中略)同大学構内旧馬場に出で、引続き内田巡査が先になり、その直ぐ背後に遠藤巡査が続き、互に随時懐中電燈を照射しながら、右旧馬場を西方に向け歩行した、
(三) 内田、遠藤両巡査が愛知大学事件当夜同大学横内において、同大学学生等と遭遇した際の状況
内田、遠藤両巡査が前記のように愛知大学構内旧馬場を西方に向け歩行中、是より先前記(一)の(ロ)、(ハ)記載のように旧馬場西側附近において夫々見張りに就いていた被告人田畠嘉雄、保正邦男、大橋孝義等はいずれも、内田、遠藤の両巡査が照射した懐中電燈の光により、何人かが前同旧馬場東方から西方に向け進行して来たことを知り、その動静を注視していたのである。然るにその間の事情を知悉していなかつた内田、遠藤の両巡査は、愈々前同旧馬場を西方に向け進み、同旧馬場の西側に南北に亘り設置されていた柵中央部附近の出入口を通り、被告人田畠嘉雄が伏せていた前記生垣の北端辺りに達した際、内田巡査の直ぐ背後に続き歩行していた遠藤巡査において、偶々照射した所携の懐中電燈の光の下に、前記のように伏せていた被告人田畠嘉雄の姿を発見し、即刻同所を通り過ぎようとしていた内田巡査を呼び止めたので、内田巡査においても引返し、その場に伏せていた被告人田畠嘉雄の姿を認めて、これに不審を抱き、直ちに同被告人に対し「どうしたのだ。」「腹でも痛いのか。」と尋ねたに拘らず、同被告人から何等の応答がなかつたけれども、その容貌、風姿により、同被告人が同大学学生の如くに察知されたので、更に同被告人に対し「腹が痛ければ、寮の方へ連れて行つてあげようか。」とも尋ねたが、依然として同被告人から一言の返答も得られなかつたので、これに不審を深めていた折柄、その場に居合せた遠藤巡査において、右生垣の南方に向け、所携の懐中電燈を照射した途端、同照射された場所附近になお一名の男が伏しながら顔を上げ、将に起き上ろうとする姿を認め、急遽その男に接近し、事情を問い合わせようとしたところ、突然その男が立上り、同所から西方に向け駈け出し、その姿を隠すに及び、この物音により、その間の事情を察知した内田巡査は、直ちに、遠藤巡査をして前同生垣の東側方面を探索させ、自らは同生垣の西側方面を探索する意図の下に、当時同生垣の西側に設置されていた便所内を、北方から南方に向け走り、同便所南側に出た。時偶々曩に前同生垣の西側に位する前記第一、二番教室附近において見張りに就いていた被告人吉村久外同大学学生二、三名は、意外にも、制服制帽の内田、遠藤両巡査が右生垣附近に来合わせたのを目撃して、これに狼狽し、これを当時同大学構内所在の思草寮、翠嵐寮、学部寮に夫々在寮中の学生に通報するため、西方に向け疾走中であつたが故に、内田巡査は前記の如く前同便所南側に出て、右生垣の西方に眼を転じた途端、目ざとく前同疾走する者等を目撃して、その跡を追走したが、同人等の中被告人吉村久が右第一、二番教室内に飛込み、爾余の者も夫々同教室西側に姿を隠したので、同人等をいずれも見失うに至つた。斯くして内田巡査は同教室南側附近に立止り、思案中、同教室西側方面から、覆面をした者を含み学生と覚しき者約三名が現われ、同人等から「学園へ何故に入つたか」と詰られながら、棍棒様の物等で、頭部を目がけ殴りかかられたがため、所携の懐中電燈を以て、これを受け止めると同時に、「何をするか」と叱責したところ、直ちに同人等の中一名が同教室西側を通り、同教室の北方に位し、同大学構内所在の愛馬会事務所方面に向け、爾余の者も右教室の西方に位する前記第八番教室の北側を西方に向け、夫々逃げたので、同人等の中前記愛馬会事務所方面に向け逃げた者を追い、同愛馬会事務所附近に至つた。この間遠藤巡査は前記生垣の東南側附近に赴いた際、当時内田巡査が居合わした前同第一、二番教室南側方面からの物音を聞き届け、同所に接近中、何人かの逃走する姿を認め、これを制止しようとして、所携の警笛を吹鳴し、前同第一、二番教室東側を通り、前記愛馬会事務所附近に赴き、同所においてその場に来合わせた内田巡査に会い、その直後、同巡査と共に、その附近において右逃走した者の所在を探し求めたけれども、前同愛馬会事務所の留守居番島津繁造に出会つた以外に、何人の姿をも探し求め得られなかつた。左れば内田、遠藤の両巡査は、その間における事態の推移に関し、極度に不審を抱き、前記生垣の北端附近に伏せていた被告人田畠嘉雄に対し、右の事情につき尋ねるにおいては、同被告人から或程度の説明を受け得られるものと速断し、同被告人から右の事情につき尋ねようと考え、同被告人が曩に伏せていた前同生垣の北端附近に再び赴いたけれども、同被告人が既に同所に居合わせなかつたので、前記愛馬会事務所附近に引返し、更に同所北方に位し、同大学構内所在の廐舎西側附近に赴いたが、その際これより先、前記のように見張りに就いていた者の中で、逸早く内田、遠藤両巡査が同大学構内に立入つたことを察知した被告人田島貞男等の外、前記のように第一、二番教室内に飛込んだ被告人吉村久がその直後同教室北側窓から同教室外に飛び出し、同教室の北方に該る前記思草寮、翠嵐寮、学部寮の各附近に順次駈けつけ、その都度当時当該寮に在寮していた学生に向い、警察官が同大学構内に入り来つた旨を大声で叫び、これを通報したがため、その事情を了知した学生等の中一部の者都合合計十数名が、右廐舎の西、北、東の三方面から現われ、茲に同人等と遭遇するに至り、なおその頃被告人吉村久の右通報により、前同事情を了知した学生等が、漸次夫々各自の寮から同大学構内運動場に向け集合するに至つた。
第五、罪となるべき事実
(甲) 愛知大学事件関係分
被告人田島貞男は前記のように学生等と共に廐舎西側附近において、内田、遠藤の両巡査と遭遇した際、同両巡査が制服制帽であつた関係上、前同若江得行方に潜入していたいわゆる特別審査局員らしいスパイと別人であると思料し、同両巡査に対し「学園へ何故に入つたか」と尋ねたところ、同両巡査の中内田巡査から「怪しい者が逃げたので、それを追いかけているのだ」と申向けられながらも、当時の時局柄、同両巡査が夜間愛知大学構内に立入つたことに関し不審を抱き、同両巡査から右大学構内立入りの事由を明確にするため、何等かの措置を講じようと考えるに至り、又被告人天野拓夫、同田村哲男、同鵜飼義夫、同高井昭吾、同二階堂憲之助、同吉村久の六名においても夫々その頃前同廐舎西側又はその附近に来合わせ、内田、遠藤の両巡査が夜間愛知大学構内に立入つたことに関し、不審を抱き、被告人田島貞男等と同様右巡査両名から、右大学構内立入りの事由を明確にするため、何等かの措置を講じようと企て、茲に被告人田島貞男、同天野拓夫、同田村哲男、同鵜飼義夫、同高井昭吾、同二階堂憲之助、同吉村久の七名は、いずれもその当時その附近に居合わせた前記学生等と共に、大学の自治、学問研究の自由を擁護しようと念慮の余り、右巡査両名が当時警らの職務に従事中で、特に前記のように同巡査両名の中遠藤巡査から職務質問を受けながら、愛知大学構内に逃走した挙動不審者を追い、同大学構内に立入り、該挙動不審者を探索する職務に従事中であつたに拘らず、同巡査両名を強いて捕え、同巡査両名を追及し、同巡査両名から、同巡査両名が右大学構内に侵入したことについての釈明を得ようと、互に暗黙の裡に意思を相通じ、
(一) (1) 被告人田島貞男、同二階堂憲之助の両名において、前記廐舎西側附近に居合わせた学生数名と共に、同日午後十一時三十分過頃前同所附近において、内田巡査の左右両側から同巡査の両腕をつかみ、或は同巡査の胸倉をとらえる等の方法により、同巡査に対し暴行を加えながら、同巡査を前同所附近から、その西北方に位する愛知大学構内運動場中央部より稍々南寄り附近に連行し、
(2) その間被告人吉村久において、遠藤巡査を内田巡査同様前記廐舎西側附近から、右運動場に連行しようとして、右廐舎西側附近において、遠藤巡査の両腕をかかえ、更には同巡査の腰部附近に手をかけた外、前同廐舎西側附近において、同所附近に居合わせた氏名不詳の学生において、その所携の棒切を以て、同巡査の後頭部、肩部その他を殴打する等の方法により、同巡査に対し暴行を加え、因て同巡査がこれに極力抵抗して、その場から逃走した同日午後十一時四十分頃迄の間、同巡査の公務の執行を妨害し
(二) 被告人田島貞男、同二階堂憲之助、同吉村久、同天野拓夫、同田村哲男、同鵜飼義夫、同高井昭吾の七名において、内田巡査が前記のように愛知大学構内運動場中央部より稍々南寄り附近に連行された直後、同所において、同所に居合わせた学生数十名と共に、内田巡査の身辺を取り囲み、口々に同巡査に対し、「この野郎」「お前は誰だ」「何処から学内に入つたか」「何しに学内に来たか」「不法侵入とは思わぬか」「売国奴め」「犬め」「ただでは帰さんぞ」と申向けた外、被告人高井昭吾において偶々持合わせていた棍棒を、右巡査の胸部附近に突きつけながら、同巡査に対し「お前は何処の馬の骨だ」と申向けて、同巡査の生命、身体にどのような危害が加えられるかも図り難い気勢を示し、同巡査を脅迫の上、被告人田島貞男、同天野拓夫の両名において、同巡査の両手をその背後に廻し、その両手首及び上膊部を、夫々偶々所携の綿ロープ様の縄及び荒縄を以て縛り、同巡査の行動の自由を奪い、その面前で、被告人天野拓夫において同巡査所携の警察手帳中の記載内容を、被告人田島貞男がかざした懐中電燈の光により読上げた後、被告人田島貞男、同天野拓夫、同吉村久、同二階堂憲之助において、同所附近に居合わせた学生数十名と共に、
(1) 同巡査を前同様縛りつけたまま同所からその北方に位する同大学構内所在の寮食堂内に連行し、同所において同巡査に対し「何故に学内に入つたか」と詰め寄り
(2) 次いで同巡査を右食堂からその南方に位する前記翠嵐寮内の一室である文化室内に連行した後、これが事態の推移につき憂慮していた当時の同大学教授兼補導部長玉井茂から、右巡査を至急帰署させるべきことを指示されるに及び、同巡査から同巡査が当時右大学構内に不法に侵入したことを謝罪する趣旨の謝罪文その他の文書の作成交付を受け得るにおいては、同巡査を帰署させることとし、被告人田島貞男、同天野拓夫、同吉村久、同二階堂憲之助、同鵜飼義夫、同田村哲男において、当時同文化室内に居合わせた学生数名と共に、同所において右巡査に対し、同巡査がこの際前同趣旨の謝罪文その他自己等の要求する通りの文書を作成して、これを自己等に交付するにおいては、帰署し得べきにつき、同謝罪文その他の文書を作成して、これを自己等に交付すべきことを要求し、同巡査をしてこれが事態の推移に鑑み、この際一刻も早く同大学構内から退去するためには、右要求を容れ、その要求通りの謝罪文その他の文書を作成して交付するの外術なきものと観念させ、右の要求を承諾させ、即刻同巡査から前記の制縛を解いた上、同巡査に対し有合わせの用紙一葉及び万年筆一本を手交し、同巡査をしてその場において、同用紙上に、該万年筆を使用し、当時同所に居合わせた学生斎藤剛が被告人田島貞男、同吉村久、同二階堂憲之助等の口添えにより、取捨整理して為した口授の内容を、その通りに書取らせ、謝罪文なる表題の下に、豊橋市警察署警ら隊巡査内田初治名義「愛知大学全学の皆様へ」宛、昭和二十七年五月八日未明附の「私今回愛大内に不法に侵入した事を深くおわび致します。今後かかる事は上官の命令といえども絶対に致しません」という文面の書面一通を作成させた後、同書面中右内田初治名下にその指印を押捺させて、謝罪文と題する右文書一通(当裁判所の昭和三十一年領第二百四十号の証第十号の写真一葉中の該当部分に照応するもの)の作成を遂げさせ、その直後同巡査に対し更に別の用紙一葉を手交し、同巡査をして、その場において、同用紙上に、前同万年筆を使用し、右斎藤剛が前同様の方法により為した口授の内容をその通りに書取らせ、「警察手帳とけん銃、こん棒はお宅に預けました」という文面の書面一通を作成させ、その末尾に同巡査の指印を押捺させて、該文書一通(当裁判所の昭和三十一年領第二百四十号の証第十号の写真一葉中の該当部分に照応するもの)の作成を遂げさせ、同各文書をいずれも自己等に交付させた上、翌八日午前零時五分頃同巡査をして同所から自由に退去させ、
以て右(一)の(2)記載の如く遠藤巡査の公務の執行を妨害した外、右(一)の(1)及び(二)の間(イ)内田巡査を不法に逮捕し、(ロ)且同巡査に対し脅迫及び暴行を用い、同巡査をして作成義務がない右各文書を夫々作成させ、(ハ)更に同時に同巡査の公務の執行を妨害したものである。
(乙) 被告人星川文次に対する分
被告人星川文次は、被告人二階堂憲之助が前記愛知大学事件に関し、罰金以上の刑に該る公務執行妨害、傷害、不法逮捕、強制等の罪を犯したとの嫌疑により逮捕状を発せられ、その執行のため、捜査官憲から所在を捜索されているものであることの情を認識しながら、昭和二十七年五月二十四日午後十時から同年二十七日午後六時三十分過頃迄の間、同二階堂憲之助をしてその逮捕を免れさせるため、自己が当時居住していた前記の豊橋市住吉町百五十九番地の居宅内に宿泊させ、以て犯人を蔵匿したものである。
(丙) 被告人金洛賢に対する分
被告人金洛賢は被告人二階堂憲之助が前記愛知大学事件に関し、前同様の罪を犯したとの嫌疑により逮捕状を発せられ、その執行のため、捜査官憲から所在を捜索されているものであることの情を認識しながら、昭和二十七年六月二日午後十時三十分頃から翌三日午後五時五十分頃迄の間、同二階堂憲之助をしてその逮捕を免れさせるため、自己が当時居住していた前記の豊橋市花田町大山塚二十五番地の居宅内に宿泊させ、以て犯人を蔵匿したものである。
第六、証拠の説明(略)
第七、訴訟関係人の法律上の主張に対する判断
各被告人及び各弁護人の当公判廷における法律上の主張は、これを集約すると
(甲) 愛知大学事件関係分
(一) 内田、遠藤両巡査は愛知大学事件発生当夜である昭和二十七年五月七日夜、同事件の発生に先立ち、同大学構内所在職員住宅に潜入中の豊橋市警察署勤務私服警官二名を護衛するという不法な目的を以て、同大学構内旧馬場東側土手から、同大学管理者に無断で、同大学構内に侵入したものであつて、同両巡査の該所為は刑法第百三十条にいわゆる家宅侵入罪を構成するものに係り、これを発見した学生等は、直ちに右両巡査の中遠藤巡査を逮捕しようとし、又他の内田巡査を逮捕して尋問の上、同巡査をしてその不法な家宅侵入につき謝罪させたものであつて、同学生等の所為は刑事訴訟法第二百十二条、第二百十三条に該当する現行犯人逮捕行為に属し、刑法第三十五条にいわゆる法令による行為に該り、結局違法性が阻却されるから、被告人等は本件につき、いずれも無罪である。
(二) 抑々大学は元来学問の研究及び教育の場であり、学問の自由は思想、言論、集会等の自由と共に憲法上保障されている。大学は学問の研究竝に教育の場として、警察権力乃至政治勢力の干渉、抑圧を受けてはならないという意味において自由でなければならず、又学生、教員の学問的活動一般は自由でなければならない。そしてこの自由が他からの干渉を受けないように確保するための制度乃至情況的保障が必要であり、その必要な制度乃至保障として、大学の自治が存するのである。然るに警察活動の結果、本来自由なるべき学問竝に教育活動は無形の圧力によつて阻害されて萎縮し、学問的良心は知らず知らずの間に、外部の企図する方向に順応するように歪められる危険性が現在するに至つたものと謂わなければならない。殊に学生の立場から観れば、思想的危険分子と然らざる者との区別が行われ、何か事がある毎に、その結果が、社会的に適用される危険が絶対にないと断言し得られないので、その自由なるべき学習活動が、外部権力の政策又は意図に対する思惑により、不当に歪められる危険があるため、文部省においても、愛知大学事件発生前に、いわゆる次官通達を以て、警察官の大学内立入りについて警告し、これにより具体的事犯の捜査以外には、大学管理者の同意なくして学内に立入ることが、制限されたと解されるに至つた。左れば予て愛知大学内における思想的動向について、特審局が非常な関心を寄せ、隠密の裡にその調査を続け、然もそのため愛知大学構内所在の職員住宅に出入する者があることを知つた被告人等は、愛知大学発生の深夜、内田、遠藤巡査の同大学構内立入りを目の辺りに見せつけられ、且同大学構内立入りの目的について詰問したところ、同巡査等から納得できる回答を得られなかつたので、同巡査等に対し一見逮捕、監禁、暴行、強要等の違法行為に該当するかのように思われる行動を採つたのであり、殊に内田、遠藤両巡査の本件大学構内立入り行為は、前記のような大学の自治を侵害する違法な行為であるから、被告人等がその際逃げようとする巡査をその場において捕え、その氏名、官職、所属警察署等を確かめ、更にはその違法な大学構内立入りの事実を明らかにするため、警察手帳、拳銃を取上げ、同巡査をして謝罪文を書かしめたのは、右両巡査の違法な行為に対する感情の激発と昂奮とに加え、集団的群集心理から、その行動に多少粗暴の嫌いがあつたとしても、その行動は、右両巡査の前記のような大学の自治に対する違法な侵害を排除した行為として、相当な範囲に属し、いわゆる正当防衛行為と認めるべきであるから、被告人等は本件において、罪を犯したものでなく、従つて、被告人全員に対し、本件につき、無罪を言渡すのが相当である。
(三) 抑々違法性の本質は実質的な違法内容であり、違法即ち可罰性の条件は、単に形式的な法違反或は刑法的構成要件該当性にはなく、当該法規(構成要件)の保護客体、法益の現実的侵害脅威が成立するところにある。従つて仮りに構成要件に該当し、法益の侵害脅威と推定せられる行為も、利益侵害の事実不存在の場合には、それは最早違法ではない。従つて刑法上違法阻却事由として明定されている場合以外にも、前記実質的違法性がなく、違法性を阻却される場合があり得るのであつて、これがいわゆる超法規的違法阻却事由である。そしてこの超法規的違法阻却事由の一類型として、東大ポポロ劇団事件に関する第一、二審判決が認めた「防衛を受ける法益が、防衛行為(侵害排除行為)によつて侵害される法益と適当な比例を保つて相当優越する場合に、防衛行為は正当行為として違法性を阻却される」という類型化を正当と考えられる。而して本件における被告人等は内田、遠藤両巡査が愛知大学構内に不法に侵入した事実を明らかにして、大学の自治、学問の自由を守ろうと考え、法定の手続による救済を求める暇なく、自ら右両巡査の違法行為を摘発し、憲法の保障する学問の自由を侵すが如き、右両巡査の不法な行動を追及し、詰問したのであつて、その間被告人等に多少の行き過ぎがあつたとしても、被告人等が守ろうとした大学の自治、学問の自由は国家的、国民的に重大な法益であつて、被告人等の行動により侵害されたとする法益に比し、遙に重要であり比例的にも優位であるが故に、本件における被告人等の所為は、正に右にいう類型に該り、然も本件においては、警察側の愛知大学における自治に対する侵害が相当具体的であつてその侵害が確実に切迫していたことも明らかであるから、一部論者が違法阻却事由に必要と主張するいわゆる急迫性の要件をも十分に具備されているので、被告人等の本件所為は右にいわゆる超法規的違法阻却事由に該当し、被告人等の右所為は犯罪を構成しないことに帰着するから、右被告人全員に対し、本件につき、無罪を言渡さるべきである。
(四) 現行憲法による民主主義的基本秩序に対して、官憲による重大な侵害が行われ、憲法の存在自体が否認されようとする場合には、これに対して一般民衆による抵抗権が認められて然るべきところ、本件における被告人等の所為は内田、遠藤両巡査が愛知大学事件当夜、同大学構内に不法に侵入し、憲法の保障する学問の自由を不法に侵害したため、これに対し、己むを得ずして採られた抵抗に外ならぬので、右にいわゆる抵抗権の行使と謂うべく、結局この点からも被告人等の本件所為は違法性を有しないから、被告人等は本件につき無罪を言渡さるべきである。
(五) 仮りに内田、遠藤両巡査が職務執行のため愛知大学構内に立入り、学生等と遭遇した当時、職務執行中であつたとしても、学生等は当時右両巡査が、同大学構内旧馬場の東土手から不法に侵入したものに係り、同侵入が同大学における学問研究の自由を脅かす違法行為であると確信し、同両巡査を捕え、謝罪させることを当然と考えて、両巡査を本件の如く取扱つたものであるから、右学生等の本件所為は、これを法律的に見て、違法性を阻却すると謂うか、或は故意を阻却すると謂うか、そのいずれにしても、犯罪を構成しないものと謂うべく、従つて被告人等は本件につき、無罪を言渡さるべきである。
(六) 本件発生当時被告人等にせよ、他の愛知大学学生にせよ、又同大学教職員にせよ、同大学関係者中で、内田、遠藤両巡査が怪しい男を追つて、愛知大学の北門から同大学構内に立入つた事実を見た者は勿論、左様な事実を聞いた者も、将又左様な事実を想像した者もいずれもなかつた許りでなく、同事件の翌日警察側から、内田、遠藤両巡査が本事件当夜怪しい男を追つて、愛知大学の北門から同大学構内に立入つた旨の発表を聞いても、これを信ずる者がなかつたのであり、現在においても、同発表を信ずる者がないと言い得る。殊に本事件当時既に東京大学、早稲田大学等における警官の同各学内立入り事件が社会的にやかましい問題となつていたのであるから、そのような時期において、内田、遠藤両巡査が本事件当日の深夜、愛知大学構内に不法に立入つたことにつき、同大学学生が法の手続による救済を待つことなく、自らの手で、内田、遠藤両巡査の右違法を糺したことは、寧ろ当然であつて、斯かる時期、社会的状勢、本事件当夜の状況の下において、本件被告人等及びその他の学生に対し、本件以外の行動に出るべきことを期待し得る可能性がなく、従つて本件被告人等は本件につき責任がなく、この点からも無罪を言渡さるべきである。
(乙) 被告人星川文次、同金洛賢の両名に対する各被告事件分
(一) 被告人星川文次、同金洛賢が夫々その居宅に、被告人二階堂憲之助を宿泊させたのは、被告人二階堂憲之助が愛知大学事件の被疑者として逮捕状を発せられている身であることを知らないで、友人又は知人から被告人二階堂憲之助の宿泊方を依頼されたがためであり、然も被告人星川文次、同金洛賢の両名は、いずれも夜間帰宅後、初めてその居宅に上り込んでいた被告人二階堂憲之助を知り、同被告人をしてその儘、宿泊させたものであつて、被告人星川文次、同金洛賢の両名が夫々右の如き事情により、その居宅に、被告人二階堂憲之助を宿泊させたのは、人情の自然であり、通常何人と雖も、その宿泊を拒み得ないのであるから、被告人星川文次、同金洛賢の両名に対し、夫々その本件以外の行動に出るべきことにつき、期待可能性がなく、従つて、同被告人両名は夫々その本件につき、責任がなく
(二) 刑法にいわゆる犯人蔵匿とは、犯人を庇護して、官憲の発見逮捕を妨げる行為と解すべく、然るに被告人二階堂憲之助は実は官憲のスパイであつて、豊橋市警察署において、逮捕しようとすれば、いつでも逮捕し得る状態にあつたのであるから、縦令被告人星川文次、同金洛賢の両名が夫々その居宅に、被告人二階堂憲之助を、その犯人たるの情を知りながら宿泊させたとしても、これがため犯人たる被告人二階堂憲之助を庇護して、官憲の発見逮捕を妨げるが如きこと毫もなく、右にいわゆる蔵匿と謂い得ないことに帰着するから、被告人星川文次、同金洛賢の本件各所為は夫々犯罪を構成するに由なく、
被告人星川文次、同金洛賢の両名は夫々右(一)、(二)のいずれの点からするも、本件につき、無罪を言渡すべきであると謂うに在る。
よつて右各点につき、順次に、その当否を按ずるに、先ず(甲)の中
(一)の点につき、
内田、遠藤両巡査が愛知大学事件発生当夜、同事件の発生に先立ち、同大学構内に立入つた事情は曩に前記第四の(二)の項において認定した通りであつて、所論の如き不法な目的に出たものでないから、所論は既にこの点において、当裁判所の認定事実と異る独自の事実関係に依拠して、被告人等の本件所為を云為する失当あるに帰着する。なるほど学問研究の自由は憲法によつて保障されるところであり、この学問研究の自由を確立するために、教育基本法とも相俟つて、大学内における教職員および学生に、その講義竝に学問研究の自由延いては大学の自治が確保されねばならないことは謂うを俟たない。そして学問研究の自由、大学の自治を保障する反面、これを侵害する虞のある如き警察権の行使が制限せられ、特にいわゆる警備の目的による警察活動を許すことは、右の学問研究の自由、大学の自治を侵害し、大学をして警察権の下に屈従せしめる結果を招来し、延いては右の憲法の保障を無用に帰せしめる危険が多分にあり、この種の目的を持つ警察活動が当然制約を受くべきことは、従来本件と同種事案に対する各判決に再三に亘つて説示され、当裁判所も、その見解に与するものである。更に一般犯罪の捜査活動も、犯罪の捜査に藉口して、前記のような警備の目的による警察活動が行われる虞があるから、これも無制限に許さるべきではなく、緊急その他己むを得ない事由ある場合を除き、大学当局の要請の下に、又はその許諾の下に行うべきを原則としなければならないと解するものであるけれども、大学構内はいわゆる治外法権区域ではないから、右の許諾のない警察官の大学構内への立入りをすべて違法と解し得ないことも亦これを認めなければならないのであつて、その違法か否かは、右の学問研究の自由、大学の自治への侵害脅威との関連において、具体的場合に応じて、吟味せらるべきものである。これを本件について観ると、内田、遠藤両巡査の愛知大学構内への立入りの目的竝にその間の事情は前記認定の通りであつて、弁護人所論のように、愛知大学構内における情報蒐集者の護衛の目的で立入つたという点については、これを認めるに足る証拠がなく、その他内田、遠藤両巡査が、前記の警備情報活動に関連して、愛知大学構内に立入つたとも認め得られないが故に、同巡査両名の本件学内立入りを不法侵入と做し、同巡査両名を逮捕することを以て、現行犯人の逮捕と謂うは結局失当に帰し、この点においても本所論はその理由がない。
(二)の点につき、
学問研究の自由延いては大学の自治が尊重されなければならぬことは洵に所論の通りであるけれども、内田、遠藤両巡査が愛知大学事件発生当夜、同大学構内に立入つた事情は、既に前点において説示した通りであるから、内田、遠藤両巡査の該大学構内立入り行為には、所論の如き大学の自治を侵害する違法な廉あることなく、従つて内田、遠藤両巡査の該所為に対し、所論の如き正当防衛行為が成立する余地は毫も存しないから、本所論はその理由がなく
(三)の点につき、
この点についての当裁判所の判断は、後記の当裁判所の見解として説示した内容により、自ら明らかであるから、同説示に譲る。
(四)の点につき、
内田、遠藤両巡査が愛知大学事件当夜同大学構内に立入つた事情は前記(一)の点において説示した通りであつて、これによれば内田、遠藤両巡査の右大学構内立入り行為が、所論の如き憲法の保障する学問研究の自由を不法に侵害したものと謂い得ないのは勿論、憲法の存在自体を否認するものとも謂い得ないことについては更に縷説を要しないが故に、この点において、既に所論はその理由がないものと謂うの外なく
(五)の点につき
曩に「証拠の説明」欄に挙示した各証拠により、本件各被告人等に対し認定した罪となるべき事実に徴し明らかな通り、同被告人等はいずれも内田、遠藤両巡査を強いて捕え、同巡査両名を追及し、同巡査両名から、同巡査両名が愛知大学構内に侵入したことについての釈明を得ようと互に暗黙の裡に意思を相通じ、本件各所為に及んだものであるから、これにつき故意を阻却する事由を云為する余地はなく、なお所論はその内容につき、些か明確を欠く点が存するが、その前後の立論から推して、本件における被告人等の所為につき、誤想防衛を主張するものとも解せられるので、更にその趣旨において考えると、本理由中第四の(二)の項において認定された所論の内田、遠藤両巡査が愛知大学事件発生当夜、同大学構内に立入り、その後同大学構内において、同大学学生等と遭遇するに至つた顛末及び本理由中「罪となるべき事実」欄において認定された本件被告人等に対する罪となるべき事実によれば、本件被告人等は愛知大学事件発生当夜、内田、遠藤両巡査が愛知大学構内に立入つたことを知つた当初、同巡査両名の該大学構内立入りにつき、不審を抱いたことは、これを認め得るけれども、前記各認定事実中に現われている同被告人等が右巡査両名の前同大学構内立入りの事実を知つた直後、同巡査両名に対し採つた態度によれば、同被告人等は右巡査両名に対し本件所為に及んだ当時、同巡査両名の身辺に夫々迫つていたのであり、同巡査両名から急迫不正の侵害を受けるが如き状況でなかつたことが明らかであり、殊に前同被告人等がその間右巡査両名中内田巡査に対し、同巡査が右大学構内に立入つた事実につき、執拗に詰問していた事実に鑑みると、右被告人等がその当時前同巡査両名から急迫不正の侵害を受けるが如き状況でなかつたのに拘らず、その状況があると錯誤していたものとも認められないから、右被告人等においてその当時誤想防衛の要件である急迫不正の侵害についての錯誤があつたものと解し得られないので、この点においても所論はその理由がない。
(六)の点につき
曩に掲記した各証拠により認定した如き本件被告人等が本件所為に至つた迄の経過、本件所為が為された当時における四囲の状況竝に本件所為の態様等を仔細に勘案するにおいては被告人等に対し、本件所為以外の行動に出ることを期待し得なかつたとは到底考えられないから、本所論も亦その理由がない。
(乙)の(一)の点につき、
被告人星川文次、同金洛賢の両名に対する事実認定に関し挙示した前掲各証拠によれば、被告人星川文次、同金洛賢の両名が夫々知人から依頼されて、被告人二階堂憲之助を判示認定の如く判示居宅に宿泊させたことは明らかであるけれども、刑法において犯人又は逃走者の親族が、犯人又は逃走者の利益のために、犯人又は逃走者を蔵匿又は隠避した場合に限り、その刑を免除することを得る旨規定している趣旨を念頭に置き、併せて前掲各証拠により、右被告人毎に認められる当該被告人が本件所為に出でた当時における四囲の状況、本件所為の態様等につき考えると、同被告人両名において、夫々本件所為以外の行動を期待し得なかつたとは認め得られないから、本所論中期待可能性を云為する部分は当らない。又本所論中その余の部分は、右被告人両名の各本件につき、夫々その犯意を否認する趣旨に帰着するが、右被告人両名の該犯意については、同被告人両名に対し夫々認定した罪となるべき事実に徴し、これが犯意の存在につき、疑念を挿む余地が毫も存しないので、この点に関する所論も亦その理由がない。
(乙)の(二)の点につき
被告人二階堂憲之助が官憲のスパイであつて、豊橋市警察署において、逮捕しようとすれば、いつでも逮捕し得る状態にあつたというが如き所論の事実は、当公判廷に現われた証拠によつては、未だこれを肯認し得ないのであり、結局所論は独自の事実関係に基き、犯罪の成否を論ずるに過ぎないから、到底首肯するに値しない。
第八、当裁判所の見解
前記認定に係る被告人田島貞男、同二階堂憲之助、同天野拓夫、同田村哲男、同鵜飼義夫、同高井昭吾、同吉村久の七名の内田、遠藤両巡査に対する所為(前記「第五の罪となるべき事実」欄記載)が犯罪を構成するかどうか。構成するとすれば、右被告人七名が如何なる程度においてその刑責を負担すべきかについての結論を示す前に、行為の違法性の評価に関し、一応の標準となるべき当裁判所の見解を明らかにしておかねばならない。行為の違法性はこれを実質的に観ると、その行為が法律秩序全体の精神及びその法律の理念に違反するという評価であることは謂うまでもなく、従つて当該被告人の行為が刑法その他刑罰法令に定める構成要件に該当する場合においても、その時における社会秩序、社会正義の理念に照らして、なお違法性が否定される場合があることは当然であつて、これがために、刑法自体において、正当防衛、緊急避難等の違法阻却事由を規定しているのであるけれども、更に進んで、右のように規定せられた違法阻却事由に該当しない場合にも、前記の評価により、違法性が阻却或は軽減されるいわゆる超法規的違法阻却若しくは軽減事由の存在を認めるかどうかの問題がある。刑法においては、その第三十五条乃至第三十七条によつて、違法阻却事由を定めているのであるが、同第三十五条に謂う「正当ナ業務ニ因リ為シタ行為」を従来の見解に従い、業務行為に限らないと解し、「正当」とは曩に説示した行為の実質的違法性に関する評価により、実質的違法性がないと認められるものと解するにおいては、同条の外に、刑法上規定された違法阻却事由に該当しないが、なお違法性を否定される場合は殆んど右にいわゆる「正当」の中に包摂されると解し得られ、更にこの見解の下においては、刑法にいわゆる正当防衛行為も、緊急避難行為も、前記の評価により、刑法上正当な行為と評価され、それ故に違法阻却事由として規定されたものと理解し得られるものの如くである。これを要するに結局刑法第三十五条の規定は、当該行為が為された時における法律秩序全体の精神及びその法律の理念に照らし、正当と認められる行為は、これを罰しないという原則を包括的に規定したものと解するを相当と考える。而して同規定は原則規定である関係上、その規定の仕方が一般的抽象的であることを免れ難く、左ればとて、その解釈に際し、恣意的見解が許さるべき限りでなく、厳にこれが禁忌さるべきは当然である。そこで正当な行為であるかどうかの判断及びその法律効果を定めるについては、違法阻却事由の例示的、具体的規定と理解し得られる刑法第三十六条、第三十七条の趣旨に照らし、具体的事案に応じ右法条に定める要件に準じて、当該行為が前記評価に堪え得るか否かを定め、その効果も右法条に準じて論ぜられるべきものと解する。従つて刑法第三十五条に関しこの見解に立脚する限り、或構成要件該当の行為が、その目的において、その行為当時におけるわが国の法律秩序全体から見て正当であり、その手段、方法において相当なものであり、その行為によつて保護しようとする法益が、その行為によつて侵害せられる法益と対比して均衡を保ち、然もその行為が緊急已むを得ないものであるという要件を充し、結局曩に説示した行為の実質的違法性に関する評価により、違法性を否定される場合には、刑法において、具体的に違法阻却事由として規定されている場合に該らなくとも、なお違法性を阻却する事由の存在を認めるを相当とする。
そこで本件について考えると、右被告人七名に対する罪となるべき判示各所為は同各被告人毎に一応公務執行妨害、不法逮捕、強制の各罪の各構成要件に該当すると謂い得る。然るに曩に認定したところによれば、内田、遠藤両巡査は挙動不審者を追い、愛知大学構内に立入つたところ、曩に認定した如き同大学内潜入のスパイを見張つていた学生等と遭遇したものに係り、凡そ警察官は、その職務を執行するに当り、第三者の権利を侵害するが如き場合には、慎重な配慮を要すること勿論であつて、この事は警察官職務執行法第六条において、警察官がその職務行為により他人の土地その他に立入る場合に関し規定している趣旨及び刑事訴訟法第百十六条、第百十七条、第百三十条において、令状に基く押収捜索、検証等の執行に際し、夜間、人の住居又は他人の看守する邸宅、建造物その他に立入る場合に関し規定している趣旨からも、優にこれを窺い得る。一方愛知大学事件発生当時における同大学内の状況については曩に認定した如くその当時、同大学内において、警察関係職員或は特別審査局員により、同大学内における情報蒐集活動が行われて居り、該事実若しくはこれから派生して曩に認定の職員住宅に居住する同大学教授若江得行方に日毎に、特別審査局員らしいスパイが潜入し、同大学内における情報を蒐集している旨の風評及びビラが拡がり、同大学の教職員及び学生の各一部の間において、警察官又は特別審査局員による前叙の如き情報蒐集活動に関する警戒心を愈々強め、その結果学生等において、同大学内における情報蒐集を目的として同大学内に潜入するスパイに対する見張りをするに至つたのである。同大学関係者は斯の如き状況の下において、夜間警察官が右大学構内に立入つた場合に警察官の該立入りの事実を知りながら、これを坐視して、その退去を待たなければならない筋合のものでなく、その警察官をその場において引止め、同警察官に対し、該大学構内立入りの理由を問い糺し、適宜の措置を講ずるが如きは前同学校関係者である限り、何人にもこれを許されるものと解するが相当である。尤も斯の如き場合に、前同大学生は、同大学の建物、敷地等につき管理権を有する者ではないから、同管理権に基く権限を有しないとの見解も存するが、前叙の如き状況の下における警察官の右大学構内立入りの行為は、単なる学校管理権のみの問題でなく、学問研究の自由、大学の自治に関する問題にも絡むのであるから、斯の如き場合は同大学の建物敷地等につき管理権を有しない同大学学生としても、自己の学ぶ大学において、憲法上保障されている学問研究の自由延いては大学の自治が侵害される虞のある行為に関し、その事実を明瞭ならしめるため、自己の手により、何等かの措置を講ずるが如きことは当然許されるものと解しなければならぬ。而して右被告人七名が前記の「罪となるべき事実」欄記載の如き所為に及んだ動機目的は、同認定の罪となるべき事実及び前記第四の(一)の「愛知大学事件発生前における愛知大学内の状況」欄において認定した事実により明らかな如く、当時の時局柄、内田、遠藤両巡査が夜間愛知大学構内に立入つたことに関し、不審を抱き、同両巡査から該大学構内立入りの事由を明確にするため、何等かの措置を講じ、以て学問研究の自由、大学の自治を擁護しようとしたものであるから、該動機及び目的に関する限り、健全な社会通念に照らしても、正当であると認められ、従つて右被告人七名を含む本件学生等の右所為はその所為に出でようとした動機及びその所為により達成しようとした目的において、先ず正当であると謂い得る。なお斯の如く警察官の大学構内立入りに関し、同立入りの事由を明確ならしめるため、何等かの措置を講ずるについては、将に同警察官が該大学構内に立入つた際にこれが為されなければ実効を挙げ難く、その退去後漠然たる嫌疑の下に、当該警察官又はその所属警察署関係者に対し抗議するというが如き方法によつては、右の目的を十分に達成し得ないことは、今更喋々する迄もなく、何人と雖も輙く肯認し得るところであるから、右被告人七名を含む本件学生等の右所為は、内田、遠藤両巡査が前記のように愛知大学に立入つたその時に為されねばならなかつた点において、緊急性の要件をも備えていると謂い得る。更に進んで考究しなければならない点は、右被告人七名を含む本件学生等が本件について採つた手段方法が相当であつたか否か、更には内田、遠藤両巡査に対して加えられた前記法益の侵害が、右被告人七名を含む本件学生等の右目的に比し前同両巡査においてその程度の侵害を忍ばねばならないものであつたと謂い得るか否かに関してである。思うに、法益の価値の比較について、例えば学問の自由というが如き抽象的な法益と、個人の身体というが如き個人的具体的法益との比較権衡に際し、それが抽象的又は全体的法益なるが故に重く、個人的又は具体的なるが故に軽いと、簡単に解し難く、又斯の如き解釈が甚だ危険であることは、われわれが夙に幾多の苦い経験により、知悉しているところである。左れば本件において、この点を解明するに際しては、飽く迄も前記認定の具体的な行為の内容につき検討を加え、その内容に基き判断が示されなければならない。そこで右被告人七名が内田、遠藤両巡査に対して為した所為は前記の罪となるべき事実欄中(甲)愛知大学事件関係分記載の通りであつて、同所為はその発展の経過に鑑み、法律的には兎も角、現象的には一連の所為として観察され得るのであり、同所為中(A)右被告人七名がいずれも判示学生と共に、判示の如く意思を相通じ、その当初被告人田島貞男、同二階堂憲之助の両名において、判示廐舎西側附近に居合わせた学生数名と共に、同所附近において内田巡査の左右両側から同巡査の両腕をつかみ、或は同巡査の胸倉をとらえ、同巡査を前同所附近から判示運動場中央部より稍々南寄り附近に連行し、その直後右被告人七名において、その場に居合わせた学生数十名と共に、同所において内田巡査の身辺を取り囲み、口々に同巡査に対し「この野郎」「お前は誰だ」「何処から学内に入つたか」「何しに学内に来たか」「不法侵入と思わぬか」「売国奴め」「犬め」「ただでは帰さんぞ」と申向けた迄の点及び(B)その間被告人吉村久において遠藤巡査を判示廐舎西側附近から右運動場に連行しようとして同巡査の両腕をかかえ、更に同巡査の腰部附近に手をかけた点は、その動作言語において稍々粗暴の嫌いはあるけれども、曩に「愛知大学事件発生前における愛知大学内の状況」欄において認定した如く愛知大学事件発生当時、同大学学生は特別審査局員又は警察官の同大学構内立入りにつき関心を深めていたこと及び曩に「証拠の説明」欄に挙示した証拠により明らかな如く内田、遠藤両巡査は愛知大学事件発生当夜同大学構内に立入つた後、同構内において、同大学学生と判示認定の如く衝突した当初、同大学学生から、右大学構内立入りの事由につき尋ねられた際、内田巡査において「怪しい者が逃げたので、それを追いかけているのだ」と答えたに止り、その態度に明確を欠いていたことを併せ考えると、右被告人七名が内田、遠藤両巡査に対して為した所為(前記の「罪となるべき事実」欄中(甲)愛知大学事件関係分)中右摘録の(A)、(B)の範囲の行為により、内田、遠藤両巡査が多少畏怖の念を生ぜしめられ、又その身体に物理的な力を加えられたとしても、その程度の法益侵害は右被告人七名を含む本件学生等の前記目的に比し、已むを得ない限度を超えないものと認められ、従つて右(A)、(B)の範囲の行為については、上来説示した理由により、いわゆる正当な行為と認めるに足り、違法性を阻却すると謂い得る。併しながら、右被告人七名が内田、遠藤両巡査に対して為した所為(前記の「罪となるべき事実」欄中(甲)愛知大学事件関係分)中右摘録の(A)、(B)の各点を除くその余の点によれば、遠藤巡査に対し、判示廐舎西側附近に居合わせた学生においてその所携の棒切を以て右巡査の後頭部、肩部その他を殴打し、又内田巡査に対しては、同巡査が判示運動場中央部より稍々南寄り附近に連行された後被告人高井昭吾において、偶々持合わせていた棍棒を、右巡査の胸部附近に突きつけながら、同巡査に対し判示の如く脅迫した上、被告人田島貞男、同天野拓夫の両名において判示の如く縛り、同巡査の行動の自由を奪い、次いで被告人天野拓夫において同巡査所携の警察手帳中の記載内容を被告人田島貞男がかざした懐中電燈の光により読み上げた後、被告人田島貞男、同天野拓夫、同吉村久、同二階堂憲之助において、同所附近に居合わせた学生数十名と共に同巡査を前同様縛りつけた儘判示運動場から判示寮食堂内へ、更に判示文化室内へと順次に連行しているのであつて、遠藤巡査に対し、右の暴行又は脅迫が加えられなければならなかつたが如き特段の事情を認めるに足る証左はなく、又内田巡査は右の如く脅迫された上、縛られた当時、既にその周囲を、数十名により取囲まれ、その場から逃走する可能性がなかつた許りでなく、その前後に亘り、その周囲に居合わせた右の者等に対し、「逃げも隠れもしないから、手を放してくれ」とか「逃げも隠れもしないから、縄を解いてくれ」と申向け、逃走の意思がないこと表明したことが、前記「証拠の説明」欄に挙示した証拠により認め得られるので、これによれば、内田巡査が判示の如く縛られた前後に亘り、同巡査を判示の如く縛り、且その状態を継続する必要は毫も存しなかつたことが明らかであり、凡そ警察官たると一般人たるとを問わず、必要もなく棒切又は棍棒を用いて暴行を加え、或は縛るというが如きことは、その相手方の基本的人権を著しく無視したものに係り、いずれも暴行の最たるものに属すると謂うべく、縦令これが学問研究の自由、大学の自治を擁護する意図の下に為されたとしても断じて、正当として許さるべき限りでなく、この事は、仮りに内田、遠藤両巡査が愛知大学事件発生当夜同大学内における情報蒐集活動の目的を以て、同大学構内に立入つたとしても同断である。然るになお右被告人七名は内田巡査をして判示の如く謝罪文と題する文書一通及び「警察手帳とけん銃、こん棒はお宅に預けました」という文面の文書一通を作成させて居り、殊にこの点に関する判示認定事実により明らかな如く右被告人七名を含む本件学生等は、内田巡査をして右各文書を作成して、自己等に交付するの外術なきものと観念させて、右各文書を作成交付させたものに係り、右被告人七名を含む本件学生等の該所為は、同人等がその当時学問研究の自由、大学の自治を擁護しようとしていた心情を酌むも、その目的のため已むことを得なかつたものとは到底認め得ない。
左れば右被告人七名内田、遠藤両巡査に対して為した所為(前記の「罪となるべき事実」欄中(甲)愛知大学事件関係分)中(1)曩に摘録の(A)、(B)の各範囲内の点は正当な行為と認め得るが、(2)該(A)、(B)の各点を除くその余の点は、その手段、方法の点において相当性の程度を超えたものに係り、右被告人七名は結局この点において、過剰行為としての責任を負わなければならない。
第九、法令の適用
法律に照すと、被告人天野拓夫、同田島貞男、同田村哲男、同鵜飼義夫、同高井昭吾、同二階堂憲之助、同吉村久の七名の判示各所為中判示遠藤巡査の公務の執行を妨害した点は夫々刑法第九十五条第一項第六十条に、判示内田巡査を不法に逮捕した点は夫々同法第二百二十条第一項第六十条に、判示内田巡査をして作成義務がない判示各文書を夫々作成させた点は夫々判示各文書毎に同法第二百二十三条第一項第六十条に、判示内田巡査の公務の執行を妨害した点は夫々同法第九十五条第一項第六十条に該当し、判示内田巡査を不法に逮捕した所為と判示内田巡査をして作成義務がない判示各文書を夫々作成させた所為と判示内田巡査の公務の執行を妨害した所為とは、刑法第五十四条第一項前段にいわゆる一個の行為で数個の罪名に触れる場合であつて、同所為についても将又判示遠藤巡査の公務の執行を妨害した所為についても、夫々過剰行為としての責任を問うべきところ、曩に説示した当裁判所の見解の下に、右被告人七名の判示各所為がいずれも曩に説示した如き動機、目的を以て、判示の如く愛知大学構内に立入つた内田、遠藤両巡査に対し為された点に鑑み、同法第三十七条第一項但書の趣旨を準用して、その責任を定めるを相当と解する。そこで右被告人七名の犯情について考えると、同被告人七名が本件所為に及んだ動機及び目的は曩に説示した如く学問研究の自由、大学の自治を擁護しようとしたものであること、判示認定の如く内田、遠藤両巡査の中、遠藤巡査においては、愛知大学構内に立入つた後、同大学構内において、同大学学生等と遭遇した際、同学生等に対し右大学構内立入りの理由につき説明したことなく、又内田巡査においては右大学構内に立入つたことにつき、当初同大学構内所在廐舎西側附近において、被告人田島貞男に対し、「怪しい者が逃げたので、それを追いかけている」旨を告げたに止り、その後前記被告人七名を含む本件学生等から、右大学構内所在運動場その他において、右立入りの理由及びこれに関連し、種々問い糺された際、これに対し明確な回答を与えなかつたことにつき、同両巡査に落度が存したこと、判示認定事実により明らかな如く右被告人七名に対する本件については、同被告人七名以外にも相当員数の者がこれに関与加担しているに拘らず、その大部分の者が起訴を免れていること、剰え右被告人七名の当公廷における各供述により明らかな如く、右被告人七名は夫々本件により起訴された後今日に至る迄の間に、既に長い歳月を閲し、その間大学の課程を卒えた上、社会的に夫々地歩を築き、前途春秋に富む青年である許りでなく、その大部分の者が夙に家庭を構え、夫として、将又父としての責任ある地位を占めていること等諸般の情状に鑑みると、右被告人七名に対し、いずれも本件につき、今更刑を科するの要を認めないから、曩に説示した如く同法第三十七条第一項但書の規定を準用し、刑事訴訟法第三百三十四条に則り、右被告人七名に対し、夫々判決で、刑を免除するの言渡をすることとし、次に被告人星川文次、同金洛賢の両名の各判示犯人蔵匿の点は各刑法第百三条罰金等臨時措置法第三条第一項第一号第二条第一項に該当するから、同被告人両名共に、その所定刑中罰金刑を選択し、その所定罰金額の範囲内において、同被告人両名を夫々罰金五千円に処することとし、同被告人両名が夫々右罰金を完納し得ない場合には、刑法第十八条により、金弐百五拾円を壱日に換算した期間、当該被告人を労役場に留置し、且同被告人両名共に、夫々犯情に鑑み、右刑の執行を猶予するを相当と認め、同法第二十五条第一項に則り、本判決確定の日から壱年間、右刑の執行を猶予することとし、被告人星川文次同金洛賢の関係において生じた各訴訟費用については、同各被告人が夫々貧困のためこれを納付し得ないことが明らかであるから、各刑事訴訟法第百八十一条第一項但書を適用し、同各被告人をして夫々全部これを負担させないこととする。
なお被告人天野拓夫、同田島貞男、田村哲男、同鵜飼義夫、同高井昭吾、同二階堂憲之助、同吉村久の七名に対する本件各公訴事実中暴力行為等処罰に関する法律違反の点(前掲第一の「被告人等に対する本件公訴事実の要旨」欄中該当部分参照)について審按するに、
抑々公務員の職務を執行するに当り、これに対し暴行、脅迫を加えたときは、その所為は刑法第九十五条第一項に該当し、右暴行、脅迫の点は同罪の構成要件に包含されるから、別に同法第二百八条、第二百二十二条に触れることなく、単純な右第九十五条第一項の一罪を構成するに止り、而して暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項は刑法第二百八条第一項、第二百二十二条及び第二百六十一条の罪の加重情状ある場合を規定したものであつて、これ等法条所定の罪と全然別個独立な罪を規定したものでないが故に、公務員の職務を執行するに当り、多衆の威力を示して、これに対し暴行、脅迫を加えたときは、単純な刑法第九十五条第一項の罪を構成するに止り、同条及び暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項の両罪名に触れるものと謂い得ないのである。今これを右被告人七名に対する本件各公訴事実について観ると、同各公訴事実の記載により明らかな如く、同公訴事実においては、結局右被告人七名がいずれも内田、遠藤両巡査の職務を執行するに当り、多衆の威力を示して、これに対し暴行、脅迫を加えたと謂うに在つて、これが刑法第九十五条第一項の外に暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項にも該当すると謂うのであるけれども、右所為は前段の説明に照らし、刑法第九十五条第一項の罪を構成するに止り、同条の外に暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項に触れるものではない。左れば右各公訴事実中暴力行為等処罰に関する法律違反の点は罪とならないのであるが、その点は右被告人七名の関係において、いずれも同被告人七名に対する判示認定の罪と一所為数法の関係に在るものとして、公判に附せられたものであるから、この点につき特に主文において無罪の言渡をしない。次に被告人金丸一夫、同田畠嘉雄の両名に対する各公訴事実の要旨は、前記第一の「被告人等に対する本件公訴事実の要旨」欄中当該被告人関係部分記載の通りであるが、これにつき審按するに、被告人田畠嘉雄が前記第四の(一)の「愛知大学事件発生前における愛知大学内の状況」欄中(ロ)における認定事実の如く愛知大学事件発生当夜、永田啓恭からスパイの見張り方に協力を求められ、これを承諾の上、同日午後十時過頃から、判示職員住宅の東北方に位し、同大学構内所在旧馬場西側に南北に亘り設置されていた生垣の北端附近において、伏しながら、右職員住宅方面の見張りに就いていたこと及び前記第四の(三)の「内田、遠藤両巡査が愛知大学事件当夜同大学構内において同大学学生等と遭遇した際の状況」の項における認定事実の如く被告人田畠嘉雄は右の見張りに就いていた際、内田、遠藤両巡査が判示旧馬場東方から西方に向け進行して来るのを認め、これを注視中、内田、遠藤両巡査にこれを発見され、内田巡査から「どうしたのか」「腹が痛いのか」「腹が痛ければ、寮の方へ連れて行つてあげようか」と申向けられたが、これにつき一言の返答をしなかつたことは夫々当該認定事実により明らかであり、又被告人金丸一夫が愛知大学事件発生当夜、同事件の発生に先立ち、曩に認定の愛知大学構内所在八番教室を含む教室一棟中東南隅の教室から、同教室南方の窓越しに、前記職員住宅北出入口方面の見張りに就いていた宮本和彦の許に赴き、同人に対し、同人以外に、何某が同人同様見張りに就いているかどうかを尋ねたことは、宮本和彦の検察官に対する昭和二十七年六月二十六日附、同年七月二日附、同年同月六日附各供述調書によりこれを認め得る。併しながら被告人田畠嘉雄、同金丸一夫の両名が、夫々その公訴事実記載の如くいわゆる中核自衛隊を組織し、これが隊員となつて、公訴事実にいわゆる情報蒐集者に対し一斉襲撃を為すことを共謀したと謂う点については、これに関する前掲のいわゆる二階堂文書が曩に説示した如き事由により、愛知大学関係被告事件の公訴事実認定の証拠として採用されるに由ない許りでなく、その他に右共謀の事実を肯認するに足る証左が毫も存しないのであり、殊に被告人田畠嘉雄に対しては、同被告人の関係において取調べられた全証拠によるも同被告人が愛知大学事件発生当夜、前記認定の如き見張りに就いていた以外に、判示認定の如き内田、遠藤両巡査に対する行動に関し、加担し、又は関与していた如き事実は全然これを認め難く、又被告人金丸一夫に対しては当裁判所の昭和二十七年十月六日附公判調書中証人宇野揚の供述記載、当裁判所の同年十月十六日附公判調書中証人服部公明の供述記載、当裁判所の同年十一月四日附公判調書中証人伊藤慶爾の供述記載、宇野揚の検察官に対する同年五月九日附、同年六月三日附各供述調書服部公明の検察官に対する同年五月十九日附、同年六月三日附同年同月二十七日附各供述調書、伊藤慶爾の検察官に対する同年五月九日附、同年六月二日附各供述調書により、被告人金丸一夫は愛知大学事件発生当夜、曩に認定した如く判示運動場中央部附近において、学生等が内田巡査を取囲んでいた際、その人垣から稍々離れた所でその模様を見ていたことが認め得られるに止り、それ以外に同被告人が愛知大学事件発生当夜判示認定の如き内田、遠藤両巡査に対し為された行動に関し、加担し又は関与したことを認めるに足る証左は何等存しない。然らば被告人金丸一夫、同田畠嘉雄の両名に関する限り、その各自関係の本件公訴事実につき、いずれもその犯罪の証明がないから、同被告人両名に対しては各刑事訴訟法第三百三十六条を適用して、夫々無罪の判決を言渡さなければならない。
以上の理由によつて、主文の通り判決する。
(裁判官 上田孝造 松田四郎 杉田寛)